どの立場でものを言ったのかと追及されかねないが、この日は私の誕生日。
羽生君には、誕生日DVを働き「外見以外の自信を作る計画を提出すること」というバースデープレゼントを要求している。
これは一見、バースデーを悪用した脅迫のようにも思えるが、実際のところは、それをすることによって自身の人生をよくすることができるという、親心的、友愛的な彼への贈り物なのだ。本当のところ。
年の割には落ち着いた話し方をする彼だが、いろいろな部分で未熟さも感じられ、私が申し伝えたこの課題をどう捉えているかはわからない。ただ私の中での倫理上は、圧倒的に正義なので引け目は感じていなかった。
とはいえ、羽生君一人に突然課題をふっかけるのもアレなので、私自身も自分のconfidence(自信)についてまとめて来ると、伝えている。
日付が変わる深夜まで起きていたので、朝起きるのが少ししんどかった。
何だったら、私が早々に退出した後も、フィリピーノたちはおしゃべりに興じていて、そこに開いた窓に面する部屋に居た私は、騒がしくて実質中々寝られなかった。
しかも若いフィリピン女子たちが「羽生にはパートナーがいるのか」みたいなことを、お兄ちゃんに聞いたりしていたのも耳障りが悪かった。やはり羽生君はフィリピーナたちにも人気なのだ。(イケメンだしね)
そんなこんなもありながら、ぶつけ本番で「自信について」という抽象的な会話ができるほど、語学が出来るわけでもないので、まじめな私は、羽生君に伝えられるよう、自分の自信についてノートに書き出し、それを英訳化しようと朝からテーブルで書き物をしていた。
私の本質的な自信は、恐らく「修羅場を火事場の馬鹿力で切り抜けた」というものになるのではないかと思っている。あり得ない集中力を発揮して、ピンチを打開した経験とでも言おうか。こういうものって何故か、類は友を嗅ぎ分けられるらしくて、過去、教育実習で訪れた学校に居た、元ヤク●の先生に言われたことがあった。
元ヤ先生が、教員試験を受けると決めたとき。試験のおよそ数か月前とか忘れたけど、結構あり得ないくらい短期間の設定だった。しかし彼は教員試験に見事合格し、今がある。
そんな話しを聞いていた時、私は
”この人、まるでスポーツをやっていた時の私みたい。といっても私はスポーツ以外で、そんな在り方を発揮できたことはないけれども”
と思っていた。
一緒にいた同僚の先生が、その決断からの短期間での成果の話しを聞いた際に、
「普通はそんなの無理だから。こんな話し、あてにしちゃだめよ。こんなことできるのは元ヤ先生くらいなんだから」
とその先生が私に笑いかけ、教育実習生だった私もヘラリとしていた。
でも、その元ヤ先生は、前を見据えながらポツリと言った。
「いや、できる」
少し間を置いて彼はこう付け足した。
「俺に、似ている」
ヘラヘラとしていた私も、その言葉は聞き逃さなかった。あぁ、この人も気が付いているんだ。私が窮地に追い込まれたときに、あり得ない力を発揮したことがあるってことを。
同僚の先生はその言葉を聞いてまたケラケラ笑って、私もヘラっと笑っていた。
でもこの時、あぁ猫を被っているようにしても、わかる人にはわかるんだな、と思った記憶がある。
なので、そういう経験か、もしくは地獄を生き抜いて今ここまで生き永らえ、普通の会社員風のところに辿り着いて、ただの行き遅れの平凡なミドルエイジのような暮らしをしていることだろうか。
どっちを話しても、おどろおどろしいものしか出てこない。
どうしたものか。
そこで私は ”スポーツを通じて得た経験” と ”大変な家庭環境だったけれども、今それを何とか遠ざけて平和な暮らしをできていること” というところにすることとした。
正直、高校時代にスポーツ経験をしっかりと積むまでは、私も少なからず母親の影響で、ルッキズムな部分があった。しかし、スポーツに打ち込む青春時代を経験したおかげで、人の価値とはそんなところには無いことを学ぶことが出来た。
この話をすれば、羽生君の「僕の自信は100%外見」という考えの愚かさに気が付いてくれるに違いない。
そんなことをノートに書きだしてまとめ、自分が伝えられるように英訳してノートに書き留めた。
そうこうしているうちに、羽生君が起きてきて、都市部に向けてお出かけの支度をはじめた。フィリピン滞在3日目は、都市部での観光が計画されており、そこでは羽生君とそのお友達と合流し、都市部の観光をして、私が予約したホテルにみんなで宿泊し、翌日空港に向かうという流れになっていた。
そして、今日は私の誕生日でもあった。
早々に寝てしまった私とは別に、気配りの人でもある羽生君は、私よりも随分遅くまで起きていたようだ。なので睡眠はたぶんかなり足りない。そして全体、彼はあまり体力があるタイプではない上に、しょっちゅうお腹を下すため、いろいろ配慮が必要なように思っている。
睡眠不足ながら、約束の時間に間に合うよう、羽生君は着々と支度を進めている。
おはよう、といって対峙すると彼の背が高いことや、朝からこうして会えることに新鮮さと嬉しさを感じずには居られない。
「じゃあ、行こうか」
羽生君は私の重たい荷物を持ってくれるといい、素直にそれを渡すことにした。
そうしてお母さんたちにご挨拶し、二人でトライスクルの乗り場へ歩いて行った。
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