リゾバ冒険譚・温泉旅館編① ~今すぐ働かせてください~

リゾートバイト冒険譚

約10年前。私がまだアラサーだったころ。

私は住むところもお金もなく、頼れる家族もなく、海外からのバックパックの旅から帰ってきて名古屋のネットカフェにいた。

なぜそんなことになっていたかというと、詳細は割愛するが、都内に住んでいた時にストーカー被害に遭い、全てをくらませるために住むところを引き払い、仕事を辞め、次のあてを決めずに海外へバックパックの旅に出た、ということにしておいて欲しい。

そういう事情(仮)があるため、私は東京に帰らず、海外にいる間に次の展望についてのビジョンも湧かなかったため、とりあえず住むところとお金を手にしたいと思って、ネットカフェでいろいろと仕事を探した。

狙いはリゾートバイトだった。

私はこの時点で、住み込みのバイトの経験は数回ほどある状況で、一つは大学時代の海の近くの民宿、もう一つは新聞配達、もう一つはペンションのお手伝いだった。

一度経験しておくと、多少は勝手がつかめると言うか、想像ができるため、リゾートバイトに対して何のためらいもなかった。こうしてネットカフェに滞在しているだけで、私の残り僅かな残金が、一日3000円ペースで減っていくのは恐ろしいことだった。

自分の身、一つとっても保管場所にはお金がかかるものだ。

できるだけ条件がいいところがいいと思っていたが、あまりつべこべ言っている場合でもない。

私はバックパッカー時代に知り合った女性に教えてもらった、ヒューマニックという会社に狙いを絞って、探していた。(当時は知識がなかったが、後々いろいろなリゾートバイトの会社があると知ったが、知っている人がオススメしてくれるだけでなんだか安心感が違った)

そうしたところ、名古屋駅前にヒューマニックの会社があったため、面接をしてもらい、仕事の紹介を待った。

「何でもします。すぐに働きたいです。スポーツやってたので体力あります」


と、力自慢の大学男子のような売り込みをし、早めに現在の状況から脱することを懇願した。

お盆の真っただ中だったため、育成期間を見込むと受け入れ先を見つけるのが中々難しい様子だった。

しかし、そうした中で紹介してもらったのが、山奥の温泉旅館の仲居だった。

私はつべこべ言っていられる立場ではなかったため、二つ返事でこの温泉旅館の仲居職に就くことにした。

赴任先の住所と交通ルートを渡され、私は交通費を自費で建て替えて現地に向かった。

当時はまだスマホは普及しておらず、ガラケーの時代だったのでデータでやり取り、などという感じではなく、プリントアウトされた紙を持って、確認しながら指定された駅からタクシーに乗った。

首都圏育ちの私の感覚からすると、駅は鄙びた感じだった。

「この辺は電車があまり通っていないんで、車でないと行けないところがいっぱいあるんですよ」

とタクシーの運転手に言われながら、長い長い道のりをタクシーで移動した。

「お姉さんは、あれかい、旅館の仲居さんのアルバイトとかかい?」

こんな山奥の旅館に女性一人で用事があるといったら、そんな感じになるのだろう。

「はい、住み込みで1か月ほどお世話になる予定です」

「もしかして、あの写真とかでよく出ているような、白い滝みたいのがあるところかい?」

多分違うのだが、何となく自分の旅館を特定されたくないため、適当に

「はい、そうです」

と答えた。

この人里離れたところまで、タクシー運転手と二人だけの空間に居る、ということすら私の警戒心をわずかに掻き立てていた(若かったな。。)

長いトンネルや、ダムのような場所、どんどんタクシーは山の中に入っていき、コンビニも何もないようなハイキングエリアのようなところまで私を運んで行った。

「はい、言ってた温泉はここだよ」

と、公共の野天風呂の入り口のようなところで降ろされた。

ここから、地図を頼りに歩いて行くのだ。

どうもありがとうございます、と御礼を言い、少し上った所にお土産屋さんがあったので、道を聞きつつ品揃えチェックをしようと思った。きっと私の生活の潤いに、ここに何かを買いに来ることもあるだろうから。

すみませーん、と中に声をかけると、60代くらいの女性が奥から現れた。

●●旅館はこっちの方で良かったですか?と道を聞くと、あぁそうだねこの坂を上った右手だよ、と教えてくれた。

「お姉さん、あれかい、あすこの旅館の仲居さんかい?」

「はい、1か月ほどお世話になる予定です」

「そうかい。少し前に夜中、泣きながら旅館から逃げ出してきた仲居さんが居てね。もう無理、と言って泣くんだよ。いじめがすごいみたいでね。あたしはタクシー呼んであげたんだけれども」

「へぇ。。」

ここら辺一帯にはいくつか温泉旅館があるので、私の行く旅館の仲居さんかは定かではない。

空恐ろしい気持ちになりながら、赴任先の旅館へ歩いて行った。

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