私の教育係であったハルカさんが退職し、私はモリタさんの部屋にお茶のお招きを受け、モリタさんの部屋に上がった。
正直、他の人の部屋に入ったのは、着物の着付けを教わるために伺ったヤノさんの部屋以外では初めてだ。
モリタさんの部屋はいろいろな家電などがあり、お湯を沸かすケトルもあって、準備万端でここに来ている印象を受けた。モリタさんはもはやプロの仲居と言ってもいいほどで、いろいろなところで仲居をやっているようだ。
「あの子、私にこんなの置いていったよ」
とモリタさんの手を見ると、器用にハート型に折られた紙に
”モリタさん、ありがとうございました!とっても大好きでした。 ハルカ” と書かれていた。
ギャップ
人に見せようとしている姿と、本性に乖離がありすぎる。
私が何も言わずにじっと見ていると
「たいしたもんだよ、あの子は」
とだけ言った。
つまり、モリタさんは事態に巻き込まれないまでも、何が起きているのかを把握していたのだ。
そうして、ことの主犯はハルカさんだったことも言外に意味しているように思えた。
しかし、ここで全てを詳らかにするのは、どちらにとってもリスクがあることのような気がした。
だから敢えて、深くお互い突っ込まなかった。
「ほら、お茶のみ」
そう言って、紅茶と砂糖を混ぜるスプーンを渡してきた。
「これは31アイスクリームのだ。駅前に行くときにもらってくるだに」
そう、この山奥では物資に事欠くため、こういう細かなアイテムも大切な持ち物だ。そして、仲居をやっている方はだいたいお金を貯める目的があるため節約意識が高い印象があった。
「駅前に行くことがあれば、あんたももらってくるだ」
そう勧めてくれた。私はそれまであまり31のアイスを食べたことがなかったが、わりとしっかりしたプラスチックのスプーンなんだな、と思いながら頷いた。
「あたしと一緒に来た、スズ(小柄な中年女性)は、あたしが女将に口をきいて入れてもらっただ。優秀な人間だから雇ってくれってね。スズは”モリちゃんのことは、あたしが守るからね”といつも言っている」
私はこの話しを聞いて察した。
恐らく、今回私が直面した事態というのは仲居の界隈では珍しいことではないのかもしれない。誰が敵か味方かわからない状況というのは、本当に精神が消耗する。私がもしここを追い出されて行く当てがネットカフェ以外にあれば、逃げ出す選択肢だってあったかもしれない。しかし、今の私にはランニングコストがかからないで居られる住まいがあるだけで恩の字なのだ。そうそう簡単に追い出されるわけにはいかなかった。でも他のケースだったらわからない。
だからモリタさんも、仲居を長くやるために ”絶対的な自分の味方” というのを置く必要があるのだ。
なぜそう思ったかというと、モリタさんの言うスズさんは、印象としてはあまり優秀な感じは受けず、落ち着きがなくそそっかしい印象がある。どちらかというとイジメのターゲットにされそうなタイプだ。それなのに「優秀な人間だから」と口をきき、そのスズさんは「モリちゃんを守る」と言う。
つまり、モリタさんは窮地にいる人間を助けることで、その人間を自分の絶対的な味方にして引き連れているように解釈できた。
今回私は、モリタさんにすがることはしなかったが、正義漢という感じでもないモリタさんが露天風呂で「何かあったら私の所へおいで」と言ったことにも筋が通る。
「あたしの娘は、麓で夜の店をやってるだに。今2店舗目を出そうとしてる」
なるほど、モリタさんももしかしたらナイトワーク系に通じているのかもしれない。だからこそ人の機微に敏感で、世渡りの立ち回りを心得ているのかもしれない。
「春になったら、毎年京都に仲居の仲間を引き連れていくだに。桜の季節だけだけど、そこは時給が2000円ももらえる。もしよかったらあんたも来るかい?」
私は正直来年の春まで仲居をやっているかわからなかった。でも今は、どんな伝手でも持っておいて損はない。
「わかりません、もし行けそうだったら行きます」
ど答えた。
それからモリタさんは、自分の孫の話しをしたり、趣味の手仕事の話しをしたり、京都に行く道中の話し、貯金、家族等々とめどなく話された。
私はただ、それをうんうんと聞いているだけだった。
なんやかんや、モリタさんも孤独を抱えているのかもしれない、と思いながら。
そしてモリタさんの話しや様子から、仲居の世界の闇の深さを推し量った。
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